2011年2月14日月曜日

合気道とデザイン


写真:合気道の開祖・植芝盛平の技と、日本工業デザイナーの父・柳宋理のボウル


結婚後、新しいことを学びたいと習い始めた合気道も早4ヶ月。
そもそも、「何故、数ある武道の中から、合気道なの?」とよく質問される。
理由としては、筋力やテクニックにモノを言わせた他の武道より、合気道の円運動を中心とした技が「合理的」かつ「美しく」「脱力」を基本としている点に非常に興味があった。また、それが自分の理想とする「無駄がなく」「本質を突いた」「しない」デザインに近いものを感じたからだ。

合気道の一般的なイメージって、やはり上の写真みたいに、不可解で八百長っぽく、演技だとか思われているのかな?僕自身も実際に経験するまで、やや懐疑的だったのだが、実際に師範代(60代150cmくらい)に技をかけられると、師の動かすままに倒れるしかなかった。これは、とても力で返せるものではないし、逆らおうとする程、決められた腕が痛くなる。つまり、倒れるしかない(笑)。4か月練習してみて、何とか技のカタチはなんとか真似できるようになったが、とてもじゃないけど、師範のようには決められない。人体の構造や、技の基本など、本質的なコトを熟知しているからこそ、師範の動作は、一つとして無駄がなく、合理的に技を決められるのだろう。そして、それが結果として美しいのだろうな。

「脱力」というのは、イチロー選手等の一流スポーツ選手が力を発揮する際に共通して使われるキーワードである。イチロー選手のしなやかなバッティングの裏にあるのは、「脱力」であり、それは人体が力を最大限に発揮できる状態である。
最近、合気道の技型はなんとなく覚えてきたが、一番難しいのが、この力を抜く「脱力」である。
例えば、誰かから急に腕を掴まれると、こちらは、反射的に力を入れてしまう(相手→力→自分)。
すると、掴んだ相手もこちらの反射に呼応して、力を入れ力が相殺されてしまう(相手→力←自分)。
合気道は、他人の力のベクトルを変え、自分の力として利用するために(相手→力↓自分)、この反射的に入れてしまう力を意識的に入れないようにする「脱力」が大事とされている。
先輩方に聞いたところによると、この「脱力」を習得するまで、5年~10年かかるそうだ(汗)。

まだまだ、自分自身でも合気道とデザインを完全にひも付けられていないのだが、今日、合気道を練習して思ったのは、最小限の動きで合理的に技を決めるには、人体の構造や動きなどの、基本的かつ本質的な練習を繰り返し、脱力した状態で技を出せなければならないということ。
デザインで言いかえるなら、最小限のデザインで合理的なデザインを決めるには、デザインの基本である、「見る」、「描く」という基本練習を繰り返し、デザインする際には、対象の本質を正しく理解した上で、技を繰り出さなければならない。
本質を理解することが無ければ、カタチだけを真似た、心に決まらないデザインになるだろう。
合気道もデザインも難しいな。デザインも練習しなきゃな、と思う今日この頃。

最後に、合気道を見たことは無いが、興味はあるという方は、K-1戦士のニコラス・ぺタス選手が日本の武道をレポートする番組「サムライスピリット」(ベタ)を見て欲しい。第一線で活躍していた空手家がコテンパンにやられる様子を見ていたら、力じゃないんだなと思うはず。 
SAMURAI SPIRIT AIKIDO 合気道 1/5  

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